Please told me

昇華できなかった戯言

甘い声と無機質な部屋

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Sは海が好きだ。それはきっと私の知らない思い出を海に秘めているからだろう。Sのバイクの後ろは私の特等席でいつもそこに座り、冬は寒さに凍え夏は暑さに倒れそうになりながら海を見に行く。互いに何も話す事なく寒さ暑さに耐えながらみつめる海は美しく悲しい。黙って煙草を吸う私に彼も黙って携帯灰皿を差し出したり、時に自身のライダースジャケットを着せてくれる。そんな時間がいつも季節を感じさせ、いつの間にか私も海をただみつめるのが好きになった。私の海の思い出は高校の時友人達と行った遠くの海、Yと遊んだ海、SSが同じようにバイクで連れて行ってくれた海とあっていつの間にか海は私の故郷のようになっている。だからだろうか、私の心の帰るところはいつもいつまでも窮屈で不便であまり縁のないちいさな田舎の島になっている。ここ数年帰っていないのに何かあるとあの辺鄙な島に帰りたくなり死んだらあの島の墓に入りたいと考えてYを困らせている。誰も知らない私の海の思い出、たくさんの思い出。それはSのものと同じで誰にも語る程のものでなくただどこに行きたい?と訊かれれば海に行きたいの、と答える。

Sは海に行ったあと、自身の部屋のバスルームで砂を落としながらあたためてくれてそれはそれは愛おしそうに柔らかなタオルで拭いてくれる。なぜ私とSはすれ違ってしまったのだろうかと共に海を見に行くたびに考えるけれどもうどうしようもない事なのだ。以前は物で溢れ帰っていたSの部屋はここのところその所有欲をすべて手放してしまったように物が少なく悲しい気持ちになる。ただ寄り添うだけの私とS。絶対に無理だとわかりながらもどうか幸せになってください、と細く薄く背の高い身体を抱き締め抱かれるたびにちいさく祈る。